ファイト!!! [あり方]
(写真は特に記事と関係ありません。)
忙しぶっている訳ではないのですが、今年は自分が本厄のせいか、暗いニュースが続く厳しい状況のせいか、
なかなか心に余裕の無い状況が続いています。
仕事はお陰様で忙しく、ありがたい状況なので、わき目も振らずに仕事にまい進すれば良いのですが、
自分の『心配性の虫』が騒ぎ出してしまうのです。
情報を知れば知るほど、危険性、心配事を考えれば考えるほど。。と言う事、皆さんもありませんか?
もともと大雑把で細かい事は鈍感だったのですが、今では小さいころからの神経質な性格が影響しているのでしょうか。
最近は様々な問題が起きるたびに色々な法律による規制が増え、八方ふさがりのような規制が負担に受けとられてしまいがちな時代です。
仕事自体も技術や人の能力の成熟度が増し、顧客に求められる有形無形の成果物のカタチは時代と共に変化の速さを増しています。
自分がそんな壁に仕事で直面する時、単に環境のせいにしてしまいそうになるのですが、そんな時に自分の中でむくむくと出てくるのが『未熟な、弱い自分』です。
逃げずに向き合って一つの結果を出した時、振り返ると少しだけ成長している事に気付くものですが、一生そんな事の繰り返しだと頭で分かっていても弱い自分によく出会うものです。
またこれからも『未熟な、弱い自分』に出会ったら
ファイト、ファイト!!! と自分に言い聞かせて乗り切りたいと思います。
その先に見える今までと違う景色、自分を望みに。。。
暗い、厳しい時代に明るい未来を創造し、向き合うみんなに・・・負けるな!ファイト!!!
小さな欠点に囚われるな!!! [あり方]
これはもう一人の“ちっぽけな自分”に投げかけた言葉です。
『角を矯めて牛を殺す』(つのをためてうしをころす)と言う言葉もあります。
角の形を矯正しようとして牛を殺してしまう事の例えで、
小さな欠点を直そうとして物事の全体をだめにする事を言います。
今までの世の中は成果を出したり、物事を理解する手段として物事を“分ける(分かる)”事をしてきた訳ですが、手段としてだけでなく、考え方、あり方までも分離思考になってきた風潮があります。
結果として、本来古き良き“万物は一つに繋がっている”という世の中の原理原則的な考え方が無くなり、世の中や世間の風潮が人は人、事なかれ主義、アンバランスになっていると思います。
まさに日本の風土全体が『角を矯めて牛を殺す』状態になっている気がします。
最近の建築基準法や各種法律も問題が起きるたびに行われる規制の法律改正は、全ての国民の足かせになっている要素は否定できません。
法律やルールには従う。しかし大事なのは意識。従えばなんでも良いと言うものではないからです。
自分はルールの背景を考え、みんな一つの精神で高い意識の良心を目指して、そしてその意識に従ってが考え、行動したいと思っています。
なので、 自分自身が『角を矯めて牛を殺す』状態にならないように
原理原則に基づいた高い意識と正しい知識をより深めて
自分から活き活きと仕事に向かえる自分でありたいと、この『小さな欠点に囚われるな!!!』を自分に言い聞かせたいです!
稲盛氏の価値観・哲学に注目!!! [あり方]
今、JALの経営再建に取り組む為、CEO就任を受諾というニュースが話題になっています。
自分にとっても人生の師の一人として稲盛氏の考え方、価値観に学びたいと思っているので
今回の経営再建にも大変注目しています。
それはわが社の今後、自分自身の今後にとても重要な
『自分の判断を下す価値観・あり方』や
自分が今後どうあるべきか。
自分の目的とは本当に正しい、自然な・妥当なものなのか。
そんな事を考えるより正しい・皆に受け入れられる『ものさし』を自分に持ちたいという思いからでもあります。
事実カリスマ経営者と言われた稲盛氏も歴史上の偉人やご両親の考え方・価値観に学んだそうです。
又宗教の教えを自分の哲学として前面に出すその姿勢に
『宗教とは人のあり方にとって大変重要なもの・必要なもの』と感じさせてくれた方もこの稲盛氏でした。
これからの混沌とした時代、個人主義、お金や表面的な成果だけに捉われがちな昨今に
一つの今後の『人のあり方・生き方』のヒントを教えてくれそうな気がして、
今後本や過去の話だけではなく、経営再建に大なたを振るう稲盛氏の一挙手一投足に
目が離せません。注目したいと思います。
●ちなみにそんな意味でも今話題のドラマ、龍馬伝の名士たちにも
『どんな志・価値観で生きてきたのだろう』 『現代の乱世の時代をどう生きるべきだろう』
と大変興味があります。コチラも注目です。。。
幸せのキーワード『足るを知る』 [あり方]
我が人生のあり方に大きく影響を与えた話があります。
「足るを知る」という仏教の教えがある。人間の欲望にはきりがない。
現在の姿をあるがままに受け入れ、それを素直に感謝する。
「これでもう十分じゃないかと欲望の肥大化を自ら否定する。
「足るを知る」なかに本当の幸福があるという教えである。私は、この教えのなかに地球環境問題を解決するためのヒントがあると思う。
(京セラ会長 稲盛和夫氏のお言葉より一部抜粋)
出会いはある研修の一環で稲盛氏のお話きいた事がきっかけでした。その後今も色々な魅力ある方々に学ばせていただいていますが、
仏教(宗教)は単なるイデオロギー(主義主張)のものさしではなく、自分が幸せに生きる自分自身の正しいものさし(価値観、判断基準)であると気付くきっかけになりました。そして
今まで無神論者と言う訳では無いですが、人生には生き抜く糧としてテクニックこそが大事だと思っていて、あまり神の存在や宗教などを意識していなかった自分にとって
心のあり方、自己の成長の羅針盤、苦しい時の心の支えとして大切な教えであると思うようになるきっかけでした。
特に今のように混沌として物質的豊かさを追求し、破綻し始めている社会の中で心に余裕が無い、又は自分のように『心の忘れ物』を置いてきた
心の隙間を埋める幸せのキーワードのような気がしてなりません。
『足るを知る』。
仏教の言葉でも同じ言葉で『吾唯知足』(われただたるをしる)と言う言葉があるようです。
「もう十分」「足る事を知る人は、心が穏やかであり、足る事を知らない人は、心はいつも乱れている」という教えの通り、
先進国の損得が優先しがちな価値観の現代人にとっては受け入れ難い、転換が難しい180度違う価値観ですが、
これが幸福のカギなのだと思えます。
あとは自分が「どんなあり方(価値観)を自分の本当の判断基準に据えるか」ですね。。。
ちょっと硬そうな話ですが、意外と置き去りにされてきた言葉だと思います。
話し出すと止まらないので、今回はほどほどにします・・・。
元気のキーワード『~たい!』 [あり方]
地元に戻って以来、最近メタボ解消で中学の時に夢中になっていた卓球を再始動したついでに市民大会でも・・と思って参加したのですが・・・
以前のブログでおなじみの方もいるかと思いますが、健康維持目的のメタボ予備軍にハードルは高く、
残ったのは筋肉痛と折れかかった心のみ・・。
しかし久しぶりの試合の緊張感は新鮮でした。
中学で部活動を始めた1年生の時はトレーニングばかり。その時は練習がしたくて終わってから3キロほど離れた卓球場まで自転車で通い、ベテランの方や先輩方に色々な事を学んで来ました。
そのコロの自分を突き動かしたのは『~強く、上手になりたい!』という心からの思いでした。
その時はつらくても心が折れそうでもがんばれる強い 『~たい!』 があったと思うのです。
最近テレビで同じような事に共感したのですが、『エチカの鏡』で横峰吉文氏の子育ての考え方、子供の自発的な成長、強くなりたいなど、『~たい!』を自発的に促す考え方や
ある高齢者施設では入居者の『~たい!』を大事にし、バリアフリーなど高齢者に単に優しい施設ではなく、あえて一見生活上、障害と思える事を積極的に楽しんでいるようで、自発的に楽しみながら活き活き生活しているさまを見て、
年を重ねるごとに、苦い経験や知識からあきらめたり、前向きになりにくくなるものですが、
いくつになっても、『~たい!』を持ち続けたり、新たに心から、魂から湧きあがる『~たい!』を見つけたいものです。
その活き活きとした生き方はきっと職場や家族、周囲にも良い影響に繋がるはずです。
今後も変に落ち着く事無く、いくつになっても、
大人としての節度の中で(足りませんが・・)自分なりの『~たい!』を感じるアンテナ、感度を大事にしたいと思いました!!!
運動会で地域交流~☆ [あり方]
昨日は子供の小学校区で3世代参加の運動会でした。
以前、他県で生活していた経緯もあり、今まで参加出来なかったので、地元に戻って今年初めての参加でした。
結果は・・・自分が足を引っ張った意外は皆好成績で夜の祝宴もたくさんの賞品を前に
みなさん大盛り上がりでした。
この結果は関係役員さんをはじめとする皆さんの影の協力と
「やるからには結果を出そう!!」という心意気が皆に伝わった結果だと思いました。
自分の町内は特に地域の繋がりも強く、地域の行事には世代を超えて皆さん積極的に参加されている事を知り、改めて
新参者で“熱いもの好き”である自分も出来る事で積極的に参加したい!と思いました。
素が人見知りの自分なので、まだまだ皆様にちゃんとご挨拶しきれていませんが、
これからも出来るだけ積極的に参加して行きますので、お許しください。
町内の皆様、改めましてよろしくお願いします!!!
私的な事でスイマセン。
ですが、仕事もプライベートも自分のテーマは“繋がり”なので、
こんな繋がりって大事だな・・・と思っています。。。
未来の家ってどんな家? [あり方]
『未来の家ってどんな家?』という質問。
自分の仕事上、もっともらしい模範解答を期待しているのかと、少し意地悪っぽくこんな答えを返しました。
『今よりずっと昔に戻っていって、竪穴式住居や横穴で自然と共存して生活していた頃の家じゃない?』
すると意外と納得した様子でした。
先進国、資本主義社会というお金を媒介とする競争原理の中で生きるという環境で育ち、その空気感を感じて生きている子供なりに
自然と現実との矛盾を感じ、共存(理想)を模索しているのかもしれませんね・・。
“もしも世界が100人の村だったら”という本にも(※一節を抜粋させていただきます。)
もしあなたの家の冷蔵庫に食べ物があって、体には服を着ていて
見上げたら屋根があって、寝るところもあるのなら
世界の75%の人よりもお金持ちだということ
もし銀行や、あなたのお財布にお金があって どこかに小銭が転がっているならば
あなたは世界の裕福なうちの上位8%にいる
ビジネスの成功には自然の原理・原則は切り離せないものだと言われます。
それはつまり人と人との理想のつながり、関係性なしに周囲や頼ってきてくれる人の協力、支援はありえないからで、
さらにその時の心のあり方、自分自身の心もち(意識)を人が知った時に納得出来る考え方を自分の生き方の“ぶれない軸”として持った時
その人は本心(魂)からあふれ出るような感情、思いから人の心を動かすのだと思います。
残念ながら自分は正直まだそんな思いに至っていませんが、
☆今、自分は幸せで大変恵まれている事。人や自然に対する感謝の気持ちを常に忘れない事。
☆何事もワイドな視野で多角的にものを見、本質をつかみ、大局に立った正しい判断する事
☆自然と仕事の本質を見つめ、一見相反する双方の原理・理想の考え方を上手く繫げてゆく事
そんな事を忘れずに
これからの未来の家、未来の社会に、未来の子供の世代に繋げてゆきたいと
改めて考えるきっかけになりました。
ちょっと子供の質問から脱線しすぎ、大風呂敷でしたかね・・・
タイムスリップ ~20年前へ時間旅行~ [あり方]
まだまだですが、建築はもちろん、仕事の枠に捉われず、看板のデザインや名刺、ロゴデザイン、建築申請(建築基準法)相談、情報提供などなど、
いろいろな関わりでお手伝いさせていただく機会を頂き、多くの方々と公私にわたって有意義なお付き合いをさせてもらっています。
これはとてもありがたい事です。
仕事も当然人とのつながり以外の何者でもないと思っています。
先日、仕事の機会をもらった幼なじみと仕事で目的地に向かう車の出来事。
カーステレオから懐かしい20年前のメロディが・・・。
音楽は不思議ですね・・。
なつかしのフレーズ、メロディと共に
その頃の映像が次々とフラッシュバックしてきました。
皆さんも思い出の曲や映画が一つはありますよね。
二十歳の頃の思い出話に花が咲き、
一時でしたが時を忘れ時間旅行してしまいました。
夢に向かい、ただガムシャラに走っていたあの頃・・
北野武の言葉、「若さは罪」の意味が理解出来なかったあの頃・・
自分を取り巻く物事の繋がり、意味を考えてさえいなかったあの頃・・
ずるいのが大人なら、大人になりたくないと思っていたあの頃・・
後で自分の二十歳の心情を改めて思い出しました。
出来もしない自分が最近感じた事ですが、
真剣に生きる事こそが自然である。
今が未熟でも理想に向かいたいと思えた時、魂は磨ける。
心は焦点(フォーカス)次第で縛られたり、自由に開放出来る。
そんな言葉を今の生ぬるい自分にもう一度投げかけたいと思ってしまいました・・・。
(相変わらずまとまりのない理解不能な話でスイマセン・・・)
イチブトゼンブ [あり方]
タイトルは最近ハマッているB’zの新曲です。
70年生まれの僕には、まさに懐かしい!!!という感じ。
20代によく聞きましたが、その頃の色々な若き日の青春時代が思い出されます!(青春って言葉自体オジサンですね!!)
特に好きなフレーズが、
♪全て何かの一部って事に僕らは気付かない♪
という所。さすがベテランのB’zは伝えるメッセージが違うなと思ってしまいました!!
人とのコミュニケーションでも、物事に対する捉え方でも、
繋がっていることに気付かないで、又は面倒な事などから切り離そうとして
自分から分離思考になってしまうものです。
結果好転する事もこじれて悪い方向になってしまう事、良くありますよね。
自然の摂理ではみんな一つ、
バランスで成り立っている訳ですからね。
愛されキャラとは? [あり方]
☆写真は仕事場の庭でここからは赤城山や群馬県庁など群馬のシンボルがたくさん見える絶景ポイントです。
夏の前橋花火大会は角度的に微妙です・・。
プロゴルファーの石川 遼選手が今話題ですが、17歳という若さで世界を舞台に活躍しているトッププロにもかかわらず、あの謙虚さ。ゴルフファンでなくても、見ている方があのさわやかさと初々しさに思わず応援したくなります。
そこには本人の心から“皆様に支えられて今の自分がいる”という思いが一挙手一投足ににじみ出ている気がしませんか?
夏といえば夏の甲子園ですが、メジャーリーグなどに比べれば技術的には明らかに差があるはずなのに、高校球児の無我夢中でボールを追いかけるプレーに感動を覚えた方も少なくないのではないでしょうか?
ベクトルや主義主張など、考え方の方向性に合致するか、しないかで心からその人を応援したいと思うか変わると思いますが、
人に愛されるキャラクターは常に人々の異なる考え方をも包括する大きな考え方、意識を持っていると思います。大きな考え方とは決して難しい事ではなく、“自然(人を含む有機体)は一つ”という原理・原則的な考え方だと思うのです。
“自分が・・・”という考え(自我)が少しでも加わると、たとえそれがほんの一瞬の心の変化であっても人から誤解や違和感を感じる捉え方をされるものです。
僕が一番大事にするべきだと自分に投げかけたいのは
常に何年たっても、むしろ成長するほどおごらず周囲への恩を忘れず、失敗した時、人に教えてもらった時、素直に向き合える自分でいたいという思いです。(しかも人に言うべきは愛情をもって本気で言える人でいたいです。)
100%周囲に依存の状態で生を受けて以来、おかげさまで今まで成長してきましたが、結婚して父となった今でも人として成長出来ているか、素直でいられているか、人の役に立てているかは大いに疑問を感じます。
アラフォー世代になってこんな事を言っていますが、これからでも愛されキャラ目指して良い年のとり方をしたいものです。今が未熟なものですから・・・。